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2009/11/18  神河町立大山小学校、「銀の馬車道」及び「生野銀山」学習発表会

平成21年11月14日、大山小学校で全校生の学習発表会がおこなわれ、その中で6年生が歴史探訪「銀の馬車道」及び「生野銀山」として発表。この学習発表に備え、事前に生野銀山を訪れボランテイアガイドから説明をうけましが。参加した6年生から戴いた御礼の手紙一部をご紹介いたします。
《発表は良く勉強され、わかりやすい内容でした》

☆生野銀山のみなさんへ。この前は、生野銀山のことをたくさん教えて下さってありがとうございました。教えて下さった中で、印象にのこったことがあります。それは、サザエの貝がらに菜種油を入れて明かりにすることです。自分たちで工夫して明かりを作ったのがすごいなぁと思いました。本当にありがとうございました。

☆生野銀山のみなさん、見学の時にいろいろ教えていただき、ありがとうございました。わたしは、生野銀山に、三人の武将、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康がかかわっていたなんて知らなかったので、とてもおどろきました。銀をほっている人がありみたいだったのも、すごくおどろきました。学習発表会、がんばります。

☆生野銀山の銀山のみなさん、この前はいろいろな事を教えていただきありがとうございました。そのおかげで、山はねや山の中では、口ぶえをふいてはいけないということがわかり、とてもためになりました。そのことを思い出して学習発表会がんばります。

「銀の馬車道」とは
明治政府は、殖産興業の一環として徳川幕府の直轄鉱山であった生野銀山を国有化し、最新設備の導入による増産を計画しました。それにともない、産出された銀、製錬、製鉱に必要な物資や働く人達の日用品など、物流の大幅な増加が見込まれたことから、明治9年(1876年)、当時の欧米の最新技法であるマカダム式工法による「銀の馬車道」が整備されました。当時の技術の粋を集めた物流専用道路である「生野鉱山寮馬車道」(愛称:銀の馬車道)が整備された。「銀の馬車」は、生野銀山と飾磨港を結ぶ南北約49kmに達し「日本初の高速産業道路」とも言えます。
その後、更なる輸送力向上のため、播但鉄道(現JR播但線)が明治28年(1895年)開通し、20年足らずで徐々にその姿を消していくことになり、今では大部分が国道や県道になりましたが、ルートをたどれば記念碑など当時の面影が残っています。

銀の馬車道プロジェクト案内看板より抜粋
製作:「銀の馬車道」ネットワーク協議会

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